悩んでいるあなたへ

杉山文野

杉山 文野さん

1981生まれ。東京都出身。フェンシング元女子日本代表。トランスジェンダー 。早稲田大学大学院教育学研究科修士課程終了。世界約50カ国+南極を巡り、様々な社会問題と向き合う。日本最大のLGBTプライドパレードである東京レインボープライド共同代表理事や、日本初となる渋谷区・同性パートナーシップ条例制定に関わり、渋谷区男女平等・多様性社会推進会議委員も務める。一児の父。

せいいっぱい、悩んで、がんばった自分にありがとう。


友だち、親、先生、勉強、進路、部活、恋愛、からだの変化……。

こどものころって、考えてもわからないこと、うまくいかないことが、ほんとうにいっぱいあるよね。だれかに教えてもらえることもあるけど、だれにも言えないこともある。

いまこうして僕の話を聞いてくれているみんなは、悩みとか、どうしようもなく苦しんでいること、ある? 僕はね、「こころは男の子、からだは女の子」というトランスジェンダーで、こどものときから、そしておとなになってからも、ずっとその悩みをかかえていたんだ。

からだは女の子で、学校は女子校だったから、スカートやセーラー服を着て通っていたんだけど、こころは男の子の僕は、もうそれがいやで。でも、そのことを言って、みんなに嫌われるのがこわくて、自分の気持ちを親にも友だちにも言えなかったんだ。そして、僕が変なんだ、僕が直さないといけないんだって、自分で自分を悪く言っていた。

家にも学校にも、安らげる場所がない。そんな苦しいときにフェンシングと出会い、僕を助けてくれたんだ。練習でへとへとになると、いやなことを忘れられる。悩む元気もなくて、すぐに寝れる。フェンシングは男女でユニフォームの違いがないのもよかった。

そしてなにより、僕が通っていたフェンシングのクラブチームで最高の仲間と出会うことができたんだ。そのチームは全国でも強くて、練習はとにかくきびしい。でも、ちゃんと練習すると、どんどん勝てるようになる。みんなにほめられるから、うれしいんだよね。

杉山文野

あとね、このチームは「こころは男の子、からだは女の子」である僕のことを、男とか女とか関係なく、フェンシングをともにたたかう仲間として見てくれたんだ。ほかにはない安心感があった。これまで隠していたことを話しても、チームのみんなは「べつに関係ない」と言ってくれたんだ。

そして、隠していたことが親にばれてしまい、僕のこころとからだがボロボロだったとき、監督はこう言ってくれた。「おれたちはファミリーだ。仲間だ。だから、おまえのことは、おれがぜったいに守ってやる」

きびしい練習をしてきたおかげで、僕は日本代表になれるくらいの力がついた。でも、僕はここ一番に弱い、惜しい選手だった。とにかく中途半端。しかし、これで負けたらやめると決めた試合に勝ち、日本代表になることができた。

それから1年後、僕はフェンシングをやめて、旅にでた。最後の1年間は、友だちと遊ぶのも、お酒をのむのもやめて、ほんとうにフェンシングだけをやったんだ。でも、世界ではまったく勝てなかった。だから、きっぱりやめることができた。

旅にでようとおもったのは、世界のどこかひとつくらいは、性別のちがいを気にしないで暮らせるところがあるんじゃないかと思ったから。でも、世界の果てまで行っても、そんなところはひとつもなかった。

ショックだった。でも、おかげで考えかたがかわったんだ。性別から逃げるのではなく、逃げずに生きられる世界をつくる。それを僕は日本からつくりたいと思い、いまはその活動をしているんだ。

杉山文野

女子高生だった僕が、おじさんになっていま思うのは、悩んで、がんばったからこそ、いまの自分があるということ。自分で言うのは変だけど、僕はよくがんばったと、自分をほめてあげたい。

みんなも、自分を大事にしてあげてほしい。ほんとうに苦しいときは、逃げていいと思う。それは弱いわけでも負けるわけでもない。自分とは一生付き合うもの。自分の声を聞いてあげて、自分のことに優しくなろうよ。

人生でいちばん話をするあいては、自分自身だからね。友だちにかけている優しい言葉を、自分にもかけてほしい。おまえも頑張っているじゃん、って。

最後に、これは僕が母から聞いた話。どれだけの本を読むか。どれだけの人と話すか。どれだけの距離を移動するか。この三つが、人を成長させるんだって。本を読む、人と話す、旅に出る。そういう道があることも、おぼえておくと、いいかもね。

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